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犬と沢山楽しい思い出

以前犬を飼っていました。

犬を飼って良かったと思った事は、犬は可愛くて、見ているだけで心が癒される事です。

懐くので家族みたいな存在になり、沢山楽しい思い出ができる事です。

飼って悪かった事は、お出かけする場所によっては一緒に連れて行けないので、留守番している犬の事が気になってしまう事と、おしっこを部屋にしてしまう事、犬の毛が部屋に落ちてしまう事、部屋が臭くなる事、吠えるとうるさい事です。

あと、犬の寿命は、人間に比べるとかなり短いです。

死んでしまった時かなり寂しい思いがする事です。

犬のしつけですが。犬が1番強いと思わせたらダメなので、犬が悪い事をしたらいくらかわいくても叱らなくてはいけません。

そうしないと、噛みつかれたりする事があります。

お散歩の時は、犬に行く場所を決めさせるのではなくて、私達が綱を引っ張って行く方向に歩くようにします。

あとは、犬のおしっこをする場所をきちんと決めて、その場所にしなかったら怒るようにします。

場所を決めなかったら、部屋のあちらこちらに、おしっこをしてしまいます。

犬を連れて、車でドライブしたのが楽しかったです。

犬は車が大好きで、車で一緒に出かけると分かったら、嬉しそうに吠えて、すごいスピードで車まで走って行きます。

その姿が、とても可愛いです。

演奏会のドレスをいつまでも

私は3歳からピアノを習っていました。

幼稚園の間の発表会は先生との連弾でした。
小学生になり初めて一人で舞台に立つことになりました。

曲目はカバレフスキー 作曲『小さい歌』。

短い曲ではありますが、気持ちを込めて歌い上げるように演奏しなければなりません。

そうでなければ、先生曰く「単なる棒読みの曲」になってしまいますから。

支度室でドレスに着替え、母にメイクをされもうその段階で心臓がバクバク!
幼稚園の子達の演奏が終わると、小1の私の出番です。

舞台袖で幼稚園児が先生と演奏している姿を見ていると、一人で演奏しなければならない心細さと、立派にこなそうという気持ちが交互にやって来ました。

さあ、私の出番です。

暗い舞台袖から光の中へ飛び出した私。
客席から注がれるたくさんの視線。
手にたくさん汗をかいていました。
心臓も飛び出しそう。

でも不思議なんです。

ピアノに向かって座った瞬間、気持ちがすっと落ち着くのです。

私の周りにはピアノ以外の物がすべて消えてしまったように感じました。

何も考えなくても、手が、体が勝手に演奏をしてくれたように感じました。

でも無我夢中というわけでもなく、音を客観的に聞きながら演奏する自分。
本当に不思議な時間でした。

演奏が終わって舞台袖に戻ってくると先生に今までで一番褒められました。
母なんて感動で泣いちゃっていました。

それから十数年の歳月がたちましたが、今でもピアノは続けており、一丁前に演奏会ドレスはエンパイアラインのロングドレスです。

まだまだこの世界では若い方ですので、いつまでこんなドレスを着て舞台に立てるのか、挑戦していきたいと思っています。

私の占い観

私も今はよい歳ですが20代の頃は迷いが多く、恋愛・仕事と四面楚歌になっていた時良く手相をみてもらいました。

私は子供の頃から、母や叔母が風水に精通していて、占いに対する敷居の高さはありませんでしたので割と鑑定してもらった回数は多かったように思います。

ただ、霊感とかそういったものより、統計学的な易学や占星術の結果に対して、人生相談の技量を加えたような客観的な診断ができるところ(福岡の占いだとラポールなど)を評判を頼りに探して訪問していました。

恋愛に関しては別れたり付き合ったりと断続的にお付き合いしていた方がいたのですが、何年もそのような関係を続けていくより新しい恋に行った方が良いか相談しました。

また仕事もストレスを多く感じていて相談する相手もいなかったので転職するかも相談しました。今の年齢になってみると迷うという事は選択肢が多いという事・可能性が大きいことだと思うのですが、その時の自分はもう考えは決まっていたのだけれど誰かに背中を押してもらいたいために占いを利用していたと思います。

さて占いの当たりか外れかですが、恋愛に関しては別れた方が良いという鑑定結果が多かったですが、結果的には結婚に至りました。子供にも恵まれ幸せな結婚生活を営んでいます。

仕事も転職するタイミングもなくそのまま結婚するまで働き続けました。

そうなると鑑定結果は一体なんだったのだろうとは考えません。あの時は本当に誰かに話を聞いてもらいたかったし、自分の希望する答えをもらえませんでしたが、それでも自分の悩みを口に出すことでずいぶん救われた気がします。

私は占いに陶酔する母や叔母を見ていて、占いに振り回されているよりも迷いがあるときは占いという一つのツールとして利用することが望ましいと考えています。

内弁慶とスピーチ

子供の頃から極度の上がり症でしたが、大人になった今でも上がり症は治りません。

特に人前でのスピーチが大の苦手です。

突然、心の準備もなく声を出す機会があると胸が詰まって顔に血が上ってきて、声を出そうとすると上ずってしまいます。

吃ってしまうし、相手も様子のおかしい私に困惑してしまいます。

人を目の前にしたほうがまだ、平常心を保てるのですが間合いの分からない電話相手だと、上がり症はマックスになってしまうようです。

会議やマンションの自治会議などで資料を読むような場合でも、色んな重圧から、苦しくて動悸が止まりません。

こんな上がり症なので、家族が私をサポートしてくれます。

家族にはいつもの自分を遺憾なく発揮できるというのに、きっと赤の他人は私が本当は、ひょうきんでお笑い好きでオチャラケてるなんて思いもよらないことなんだと思います。

本当の自分を見てもらえないのは残念ですが、これが私の個性なので仕方がないですね。

スピーチで震えない方法をまとめたウェブサイトなどを読むと、聞いている人たちを身近な人だと考えたり、友人だと考える方法がいくつかありましたが、用は外面が良い性格、私のように極度の上がり症な人もじつは、内弁慶なタイプが多いかもしれません。

少しずつ改善されればいいなと自分でも想う日々です。